ゴリラ男子、世にはばかれ。。

読者の皆さん。

はじめましてこんにちは。

噂に名高いぽんこつ体育教師でございます。

赴任して約1年半。

今までこのブログへの執筆依頼を

幾度となく無視してきた私ですが、

遂に逃げ場を失い初めてキーボードを叩いております。

何を書こうかと迷いに迷って、何とも時期外れではありますが、

雨期に山を登ったお話をさせて頂きます。






エチオピアには雨期と乾期があります。

雨期は6月〜9月 

乾期はそれ以外と言った所でしょうか。

「雨大好き!!」

なんて言う人は

そうそういるものでもなく、

多くの人が雨が続くと思うと、

気持ちもふさぎ込んでしまいがちかと思いきや、

実はエチオピアではそうでもありません。

エチオピアの学校は雨期のシーズンは休みになるので

教員にも2ヶ月程の休みが与えられます。

2ヶ月も休みがあるし何をしようかなんて考えてると

もう、気持ちもウホウホです。





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そんな浮かれたゴリラ気分を知ってか知らずか、

悲しみは不意にやってきます。

協力隊は年間4隊次に分けて、

世界各地の発展途上国へと派遣されます。

ちなみに私は平成25年度1次隊。(平成25年7月派遣)

それぞれ1次隊は7月、2次隊は10月、3次隊は1月、4次隊は4月
(※エチオピアには基本的に4次隊は来ない。派遣国によって異なる。)

あたりに派遣されます。

任期が2年なので現在エチオピアには、

平成24年度3次隊から平成26年度2次隊までの隊員が

活動しているということです。

つまり、日本では春が別れと出会いの季節なんて言われていますが、

我々エチオピア協力隊には、

年3回の出会いと別れの季節があるわけですね。

半年前には平成24年度1次隊、

私のちょうど1年先輩の隊次が日本へ帰国されました。

さあいよいよ本題に入りますよ。

というわけでその時の先輩(元登山部部長、現役剣玉職人兼理数科隊員)と

総勢6名で南部のアセラという町にある、

チラロさんへ登ってきました。




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おっと、

間違えました。

チラロ山に登ってきました。

 



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ここで、一緒に登ったメンバーを紹介します。

引率の先生:かねさん(男性シニア海外ボランティア)   
   隊次:平成25年度1次隊 
   職種:理数科隊員  
   任地:アセラ  
   特技:道中、見たことない植物を持ってくる。      
      その植物の名前を知っている。
      登山中一番元気。 
     (写真無し)





部長:オカモトさん(25歳・男性JOCV)  
   隊次:平成24年度1次隊   
   職種:理数科隊員 
   任地:アディスアベバ  
   特技:剣玉、料理、ぽんこつ体育教師いじめ



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声長:ペー島さん(24歳・男性JOCV)
   隊次:平成25年度1次隊    
   職種:体育隊員  
   任地:ナザレット  
   特技:声を出す、大声、叫ぶ



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料理長:すたーあでぃっしょんさん(23歳・女性JOCV) 
   隊次:平成25年度1次隊   
   職種:理数科隊員   
   任地:アセラ   
   特技:炊込みおにぎりにぎにぎ、回復笑顔魔法、セクハラ流し  
   (写真無し)





こんなお父さんが欲しいで長:くぼたさん(男性JOCV) 
  隊次:平成25年度2次隊    
  職種:パソコン隊員   
  任地:アセラ  
  特技:走る   
 (写真無し)





一番弱音を吐いていたで長:ぼろいえ(23歳・オス♂・JOCV) 
  隊次:平成25年度1次隊  
  職種:ぽんこつ体育隊員   
  任地:ズワイ  
  特技:ドラミング、毛づくろい


 

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チラロ山はエチオピアで4番目に高い山だそうで

標高4005mは

とても登りごたえのあるアタックとなりました。

早朝6時半アタック開始。

少し肌寒かったですが

登山にはちょうど良い気候で登り始めることができました。






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一面にはジャガイモ畑が広がり、




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山でとれた作物や育てた動物などを

麓のアセラまで売りに行って生計を立てる人々。





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3000m付近にも人が住み、

富士山山頂相当の標高で元気に遊ぶ子どもなど、




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高原地帯に住む人々の暮らしの一面を見ることができました。










休憩時間を綿密に計る登山部元部長オカバヤシさん。

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快晴だった早朝とはうってかわって

天気は次第に曇り始め、雨を予感させましたが、

なんとか雨に降られることなく

無事山頂まで登りきることができました。






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山頂に着くと今回登った中で唯一の女性隊員が

炊き込み御飯のおにぎりを握ってくれており

おいしい昼食にまでありつけた次第でございます。

しかし頂上に立ちこめる雲が太陽を隠すと同時に、

男たちの心にも影を落としたのだろうか、

4つ余ったおにぎりを賭けて、

「第1回チラロ山杯 弁当争奪戦〜2個目のおにぎりは俺がいただく〜」

そう、醜きバトルロワイヤルが始まろうとしていたのです。

そんな雰囲気に気付いたのか女神隊員が、


おっと。

女性隊員が「わたしは大丈夫だから皆で食べてね。」と一言。

なんて女神!

THE 女神!!

僕は眼鏡!

なんつってますが、

すたーあでぃっしょんさんは、男子隊員みんなの女神です。

シニアの方もお弁当を用意されていたらしく、

結局、4つのおにぎりは4人の男で分け合い、

私のドラミングは炸裂することはなく、

みんなで毛を繕い合いました。。

心配していた天気ですが、やはり持ってる男、ぼろいえがいますから

当然、下山途中にスコールが降るわけです。

濡れる濡れる。

木の下で雨宿りを試みましたが、ほぼ意味が無いほどに

降り散らかしてくれた次第です。

雨には降られたものの、

なんとか無事下山することができました。

ここで元登山部部長からのワンポイントアドバイス。

登山は登り始めて30分の所で10分の休憩。

あとは、50分をめどに10分ずつの休憩を挟むと

疲労が少なく、且つ早く登れるそうです。

これをエチオピアではオカバタケインターバルと呼んでいます。

4000、5000m級の山に登る際は、

一日、順応日を作ると良いそうです。

ちなみに我々エチオピア隊員のほとんどは

普段から2000m付近で生活しているので

毎日が順応日みたいなもんかもしれません。

最後に元登山部部長に聞きました。






Q. 山に絶対に捨てちゃいけないものってなんですか?









A. それはゴミと、、、、、だね。



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近い!近い!!


ちゃお。
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# by jocvethiopia | 2014-11-27 03:33 | 生活・文化紹介

マスカル

 エチオピアの新年は9月ですが、新しい年を迎えて早々、西暦で言えば9月26日(年によっては27日)にエチオピア全土にあるエチオピア正教会が行う宗教行事がマスカル祭の前夜祭です(アムハラ語ではየመስቀል በዓል (Maskel Festival)

この行事は首都アディスアベバで行われるものが最も規模が大きく有名ですが、私の任地ボンガでも行われたので見に行きました。

この日の夕方、街の中心部でお茶を飲んでいると、美しい刺繍を施したマントを纏い十字架を掲げた聖職者たちと若者の歌い手の一行が行列していたので、教会まで後をついていきました。丘の中腹にあるまだ建設中の新しい教会の広場には、白い装束の大勢の信徒たちが詰めかけていました。

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アムハラ語で十字架を意味するマスカルは、キリストが処刑されたゴルゴダの丘から後年十字架が発見されたことを祝う行事で、始まりはA.D.4世紀までさかのぼるそうです。
 マスカル祭は出稼ぎに出ていた家族が家に帰ってきて、一家が揃う重要な機会でもあります。また、この行事の前には個人的な喧嘩や紛争のたぐいは解決され、すべてのエチオピア人が和解のもとにこの日を祝うといいます。

 この行事は広場の中心に置かれた、木の束と新年を象徴するキク科の黄色い花(マスカルデイジー)を集めて作った「ダマラ」と呼ばれる円錐形の柱を中心に行われ、ダマラの頂点には十字架が取り付けられています。ボンガの教会の敷地では、カラフルに着飾った聖職者たちや青年の歌い手たちがダマラの前で讃美歌を歌い踊り、周囲を埋め尽くした白装束の信徒たちは手拍子で応えます。

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クライマックスにダマラに火が放たれてダマラはあっという間に燃え上がり、セレモニーは終了です。これだけ見ると日本で正月に行われる、正月飾りを焼く「どんど焼き」と同じような一種の通過儀礼(正月飾りを焼いて新たな年に移行する)にも見えますが、言い伝えでは、火が燃えてその煙がたなびいていった方角が、十字架がある場所だとされ、ダマラに火を放つのは、十字架発見の物語を再現したもののようです。ダマラが焼かれて崩れ去ると頂点に取り付けられた十字架が倒れた向きを見て、その年の作物の出来を占うそうですが、残念ながらこの日は火が燃え上がったところで広場を離れ、一緒にいた同僚とさっさと食事に行ってしまい、このことを知ったのは後からです。(最後まで見ておけばよかった!)。
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 食事を終えて街中のホテルの外に出ると、子どもたちが手拍子で歌い、踊っていました。私の家の前にもやってきて歌っていました。こうして子どもたちはお祝いになると各家をまわって小さく燃えさかる火を囲んで歌い、お小遣いをもらって帰っていきます。この日、通りには夜遅くまで子どもたちの歌声が響いていました。街の周辺部の農村に住んでいて教会まで行くことのできない人たちは、各々が住んでいる場所でお祝いをするそうです。この日は新年の非日常を満喫した1日になりましたが、民族や性別、年齢に関係なくエチオピア全土でこのような行事を催すことに、違いを超えたつながりを感じました。



以下 言葉説明。

宗教行事
・中でもティグライ、アムハラ、オロミアと南部諸民族州が中心となる。ティグライではアディグラト(Addigrat)、ウェクロ(Weqro)、イデガ(Idega)、ハムス Hamus とエロブ(Erob)、アムハラではゴンダール(Gondar)、バハルダール(Bahirdar)、デブラマルコス(Debra Markos)、ラリベラ(Lalibela, ウォルダヤ(Woldaya)、デッセ(Dessie)、ダブラタボル(Dabra Tabor 及びデブラブラハン(Debra Brehan)が、南部諸民族州ではエンデベル(Endeber)、グメル(Gumer)、グンチェレ(Gunchere)、ドゥラメ(Durame)、 ウォライタソド(Walayta Sodo)、マアシャ(Masha)、ボンガ(Bonga)そしてガモゴファGamo Gofa)が中心となる。その他では、南ウェロ(South Wello)のギッシェン山(Mount Gishen)がこの祝祭の中心地である。

የመስቀል በዓል (Maskel Festival)
・各民族での呼び名は、ハディヤ(Hadya)、ウォライタ(Walayita)、ダウロ(Dawro)、ガモ(Gamo)が“Meskalaa”と呼び、カンバタ(Kambata)は“Masaalaa”、 イェム(Yem)は Heeboo”、 グラゲ(Guraghe)は Mesker”、 オロモ(Oromo)は Guubaa”もしくは“Meskalaa”そしてカフェチョ(Kaffecho 及びシェキチョ(Shakkecho は“Meshekerro”と呼ぶ。


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# by jocvethiopia | 2014-11-27 02:10 | 生活・文化紹介

2年で学んだこと

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2年の活動を終え、日本へ帰ります。嫌なことも、良いことも様々なことがあった2年間。
 
 今思い返してみるとどれも良い思い出だったように思います。

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 赴任当初、言葉もつたなく、何をやればいいかわからない日々が続きました。
前任者の使っていた理科室もすでになくなっており、新しい理科室が確保されるまでの
3
カ月はただひたすら先生が授業に使用する図を描くためだけに学校に行く日々が続きました。 学校に行って1日ボーっと過ごすこともおおかったです。

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 1年続けてみてもなかなか自分の仕事を見つけられず、やっぱり悩みました。
それまでの活動は実験室にこもる活動。それをやめて自分から前に出て行った時、壁にはぶつかりましたが、自分がやるべきことと足りないものが分かったように思います。

この2年間正直言ってうまくいかないことも多かったです。
結果として学校や地域に何が残ったのかと聞かれるとあまりうまく答えられません。
ただ、周りの支えと生徒の好奇心に原動力をもらって何とか頑張ってこられました。

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エチオピアで学んだことは2つ。

1つ目 『
Don`t be shy』

小さなことや何でもないようなこと。日本では何でもないようなことに対してもこちらではそんなことはなく、興味を持ってもらえました。サイエンスショーもそうですが、やってみて初めて自分に足りないもの、ここで必要なものが分かったような気がします。
結局何がうまくいくかなんて言うことはやってみなきゃ分からない。


2
つ目に『周りの協力の大切さ』

何か事をなすとき、どんな場合でも誰かの手を借りたからこそできたことばかりでした。そして、周りから学ぶことも多かったです。具体的な例を出しますと、理数科隊員からは言うまでもありません。理科以外でもいろいろな隊員の方に学ばせていただきました。幼児教育からもネタをもらったりしたこともありました。

エチオピアで生活してきたこの2年間。
本当にいろいろな人に助けられてばかりの
2年間でした。町の人には生活を助けられ、理科隊員や同僚には実験について相談させてもらい、そして皆様のおかげで本当に充実した2年間を過ごすことができました。

本当にありがとうございました。


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# by jocvethiopia | 2014-10-19 04:55 | 活動


エチオピアに展開する青年海外協力隊(JOCV)・シニア海外ボランティア(SV)のページです。活動の様子や,生活・文化の紹介などの記事を掲載しています。


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